趣味と物欲

博多天神界隈を本と文房具(万年筆とインク)と電子ガジェットを探して徘徊しています。

古典ブルーブラックと万年筆と私 6 飛翔篇

再び古典インクの理想を掲げるために、日本よ、私は帰ってきた

2011年3月9日「ちょっと東京よってみる?」「いやもうお家に帰りたい」というような会話を妻として、成田から福岡行きに乗り換え、まっすぐ帰ってきたのですが、2日後jet lagの残る呆けた頭で「とんでもないことになった」と呆然とTVを見ていました。

古典インク関連の活動を再開

ペントレーディング用WAGNERインクを提供

WAGNERインクを、ペントレーディング in Tokyoの第12回 2012 (青黒、赤黒)、第13回 2013 (青黒、黄黒)、第14回 (赤黒、黄黒) に提供しました。

趣味の文具箱 vol.23に寄稿

また古典インクについて書かないか、とお話をいただき、趣味の文具箱 vol.23に寄稿しました。2012年8月20日発行です。
余談ですが、元の原稿では「坐薬」と書いたところを、編集判断で一般的な文字へと「座薬」に修正されました。「坐薬の坐は座るじゃないぞ」とか「坐薬を、座って飲む薬と勘違いしてた話」は定番のネタなので、私が間違ったわけではないと主張します^^;

それから、後にINOUEさんに指摘されるまで気づいていなかったのですが、タンニン酸の構造式も一般的にタンニン酸の分子量とされる1701.8の構造からは没食子酸が5個少ないです。自分でChemDrawで描いたのですが、キレート部位が5箇所ということに気を取られていたみたいです。
1401-55-4・タンニン酸・Tannic Acid・201-06332・203-06331・205-06335【詳細情報】|試薬-富士フイルム和光純薬
また、没食子酸と鉄イオンの反応の式も概念図で正確ではないので、より詳しい情報はINOUEさんの書かれた下記の記事をご参照ください。
note.com

海外への情報発信

日本語版に比べると情報は少ないですが、古典インクの自作に関する英語版のページは2009年に開設していました。
Iron gall ink for fountain pens in Japan
また、The Fountain Pen Network (FPN) という万年筆関連の巨大掲示板にもチョコチョコ書き込みをしており、2013年11月には、アスコルビン酸洗浄法についてスレを立てたりもしました。
Cleaning Method For Iron Gall Ink Using Ascorbic Acid - Inky Thoughts - The Fountain Pen Network

LAMYとモンブランがしれっと古典ブルーブラックを止める

私がそのことに気づいたのは2013年になってからだったのですが、LAMYのボトルのブルーブラックは、2011年12月以降に製造されたものは染料に変わっていました。
LAMYのボトルのブルーブラックが古典じゃなくなっていた件 - 趣味と物欲
また、ミッドナイトブルーに改名されたモンブランのボトルのブルーブラックは、最初のロットは古典だったのですが、箱の裏の「耐色性に優れています」の文言が無くなったロットのものから染料に変わっていました。
Storia Di Un Minuto→2ch万年筆インクスレ→FPNと読んで、モンブランのミッドナイトブルーも古典じゃなくなるとか。 - 趣味と物欲
いずれも公式なアナウンスはありませんでした。

KWZインクの噂

このまま古典インクは衰退していくのだろうか、と危惧していたところ、ポーランドのKWZインクの噂が聞こえてきて、日本でも北晋商事さんが輸入を始められました。
Hokushin Co.,Ltd オンライン直販
趣味の文具箱 vol.41によると、KWZインクは2014年春のペンショー・ポーランドでデビューし、2015年から本格販売を開始されたそうです。ワルシャワ工科大学の化学者夫妻が作られており、妻のアグニェシカさんは日本語にも堪能だそうです。

日本の古典ブルーブラックは

古典インク調製は、万年筆メーカーを含めた万年筆コミュニティへの恩返しと思っていたので、自身でインクを販売して、万年筆メーカーに迷惑をかけるような真似をするつもりはありませんでした。
WAGNERインクは、古典インクについて知識のあるWAGNER会員の方に、対面で説明して渡していただけるし、多くの万年筆調整師が所属しているWAGNERだから安心しておまかせできました。
しかし日本発の古典インクがプラチナのブルーブラックしかないのは寂しいと考えていたところ、森さんから「プラチナの中田社長が古典レッドブラックに興味を持たれているけどどうする?」というご連絡をいただきます。
2016年7月15日のことです。

もうちょっと続きます。
pgary.hatenablog.com

古典ブルーブラックと万年筆と私 5 風雲篇

アスコルビン酸洗浄法の開発

古典ブルーブラックは二価鉄が酸化されて三価鉄になり、タンニン酸や没食子酸と水に溶けないキレート化合物を作り固まっている、それなら還元してやれば溶けるはず、と今考えてみれば当たり前のことですが、それまで使われていない方法でした。
還元剤と言っても色々ありますが、安全で、簡単に取り扱えて、ペンにも優しく、手に入れやすく、比較的安価なもの、と様々な条件に適合するものを探したら、局方アスコルビン酸の大瓶が目につきました。
化学系で還元剤と言えば、合成に使うもっと強力な物を先に試すと思うのですが、身近にあるのがビタミン類が多く、アスコルビン酸 (ビタミンC) も持っていたのは幸運でした。
自作の古典ブルーブラックインクを入れて、真っ黒に固着させたウォーターマン クルトゥールを、アスコルビン酸の1%水溶液で洗うと、それまでの苦労がなんだったのか!と叫びたくなる程、あっさりとピカピカにきれいになりました。
古典ブルーブラックインクの万年筆へのこびりつきを化学的に落とす。 - 趣味と物欲

より正確な構造は下記INOUEさんの記事をご参照ください。
note.com

趣味文の記事に滑り込む

ブログで公表すると共に、森さんに連絡して検証してもらい、効果の程に太鼓判を押していただきました。趣味文の原稿は、私と高橋さんの書いた原稿を元に、森さんが総括するという形式でしたから、総括の部分にギリギリでアスコルビン酸洗浄法を載せていただくことができました。
当時のメールを見ると、出発の直前まで、森さん、高橋さん、趣味文の井浦さんと原稿のやり取りをしています。更に、しばらく自作古典インクの配布ができないことをアナウンスしたものですから、配布依頼のメールが駆け込みで届き、自作インクを送付するのを並行して行っていました。

自作古典ブルーブラックの晴れ舞台

2010年3月30日に趣味の文具箱 vol.16が発行されました。
古典ブルーブラックの記事を取り上げていただいたブログなど。 - 趣味と物欲
2010年4月24日~25日の第10回 ペントレーディング in 東京で、WAGNER 青黒 2010が配布され、完売しました。
WAGNER2010古典ブルーブラックインク ペントレで完売 - 趣味と物欲

自作インクは1年間のお休み

1年間のアメリカ生活の間、自作インクの調製はお休みです。慣れない環境に、子供の頃のように1年を長く感じました。

2011年3月9日に帰国しました。

当初想定していたより、ずっと長くなってしまいましたが、続きます。
pgary.hatenablog.com

古典ブルーブラックと万年筆と私 4 策謀篇

古典ブルーブラックか否か

ブルーブラックインクが古典ブルーブラックなのか、そうでないのか、当時の万年筆愛好家の方は、筆記時の感覚や、書いたものを水に濡らした時の筆跡の残り方で、ほぼ正確に把握されていました。
色々な方の意見を総合してみると「モンブランペリカンとラミーとプラチナが古典ブルーブラックだが、ボトルとカートリッジでは違うのでは」という感じではなかったかと思います。

二価鉄試験紙による古典インクの判別法

森さんからの宿題の1つ目「古典ブルーブラックか染料のブルーブラックか判別できないか」は没食子インクに関する文献を検索している時に目星がついていました。
古文書の保存修復分野では、没食子インクで書かれたものが劣化する「インク焼け」という現象が問題になっており、没食子インクで書かれているか判別するために、二価鉄指示薬紙 (二価鉄試験紙) が用いられます。この分野では、二価鉄試験紙を蒸留水で湿らせ、古文書の筆跡に押し当てて、赤く変色するかで判別します。
インク焼け資料への保存修復手当て-効果の比較実験 Ⅰ | 株式会社 資料保存器材
二価鉄試験紙を自作し、短冊状に切った試験紙を使って、ペーパークロマトグラフィの要領でインクを分離することで、古典インクか判別できることを見つけました。

趣味文による二価鉄試験

自作した二価鉄試験紙を趣味の文具箱 (趣味文) の編集部に送り、各種ブルーブラックインクを試験していただいた結果に対して解説を書くという形で原稿を仕上げました。
予想通り、モンブランペリカンとラミーとプラチナのボトルインク、それからブルーブラックから改名したばかりのモンブランのミッドナイトブルーのボトルインクも古典ブルーブラックであることが確認されました。また、カートリッジでは、ペリカンとプラチナは古典ブルーブラックでしたが、モンブランとラミーは染料インクであることが確認できました。

余談ですが古典ブルーブラックという用語について

WAGNERやフエンテのような万年筆愛好家の間やネット上では、当時から古典ブルーブラックという用語は使われていましたが、使用の是非について物議を醸す用語でもありました。
趣味文に記事を書くにあたり、悩んだ末、古典ブルーブラックという用語を使いましたが、商業出版物では、おそらくこれが最初だったんじゃないかと思います。
古典ブルーブラックという便利な言葉 - 趣味と物欲

イムリミットは迫る

自分のパートの趣味文の原稿は一応書き上げ編集部に送りましたが、森さんからのもう1つの宿題「古典インクを洗浄する良い方法はないか」は未解決のままで原稿に反映することはできませんでした。3月8日に家族ぐるみで1年間渡米することが決まっていましたので、タイムリミットは刻一刻と迫り、準備に追われてバタバタしていました。
そんな時「酸化してるんなら還元すれば良いじゃない」と閃きました。
2010年3月2日のことです。

まだまだ続きます。
pgary.hatenablog.com