趣味と物欲

博多天神界隈を本と文房具(万年筆とインク)と電子ガジェットを探して徘徊しています。

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ポメラで萬年筆と打ってみる。

ウェブの検索欄を見ると万年筆と入れてみたくなる今日この頃、図書館の検索システムに万年筆と入れると、文学全集の内田魯庵の巻が出てきた。内田魯庵と言えば、漱石が「余と万年筆」 (http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/2675_6508.html) の中で魯庵君にオノトを貰ったと書いていた、あの魯庵かと興味を持ち借りてみた。「萬年筆の過去、現在及び未来」という話で、毛筆からペン(付ペン)、ペンから万年筆への変遷についてまとめてある。ついでに青空文庫にも収録されていないかと探したのだが、公開中の作品にも作業中の作品にも無いようなので、ポメラの入力練習にちょうど良いと入力してみることにした。最初は青空文庫にあるような原文ママにきっちり入力しようとしたのだが、現代文向けにチューニングされたATOKで旧仮名遣いの文を入力するのは手間がかかり、諦めてATOKに勧められるまま怪しい現代仮名遣いで入力した。上記したように毛筆から万年筆までのことが書いてあるが、特に万年筆に関する「万年筆時代」の章のみ入力する。

内田魯庵 (明治の文学 / 坪内祐三編 ; 第11巻 / 鹿島茂編集・解説) 筑摩書房

萬年筆の過去、現在及び未来

萬年筆時代

此の数あるペンの中で、永久に錆びもせず磨りもせぬ金ペンを具して其の軸部に多量のインキを蓄積し得る装置を施したるものが萬年筆である。原名は”Fountain Pen"即ち泉筆であるが、いつの頃よりか偶然誰云うとなく云い慣らしたる萬年筆なる名称が今日では最早動かすべからざる定名となって、泉筆というと何となし古い形式の別のものであるような心地がする。
萬年筆を日本へ輸入したそもそもの初めは明治十三年頃であった。初めはカウスの針金筆即ち”Stylographic pen”ばかりで、金ペン付きのは二三年遅れた。尤も其の頃は少数の新帰朝者を除いては学者操こ者でさえがペンで日本字を書く事が殆ど無かったゆえ、萬年筆の需要者も極めて乏しかった。且其の頃の萬年筆はまた頗る幼稚で、ややもすればインキが漏出する欠点があったから、ドチラかというとカウスの鉛筆形新金筆の方が一般に用いられていた。
明治十三四年から二十五六年までは日本に於ける萬年筆の揺藍時代であったとう。二十七八年役後国運勃興に伴れて何事も段々と世界的となり、著述家の原稿紙を初めその他の日常紙がそろそろ西洋紙と改まるに従って萬年筆の需要が同一比例を以て追々に増して来た。ヨーロッパに於ける金属ペンの行われたのが紙の改良に伴う如く、日本に於いても亦幼稚なる手漉きの日本紙が経済上労力を費やす事多く、勢い機械的製紙に競争し難くして廉価なる洋紙に圧倒せられ、学生のノートブック、主婦の日記小遣い帳、紳士の手帳、書かん紙、状袋等が追々洋紙と改まるに従ってペンが毛筆に取って代わるようになった。
萬年筆の需要が著しく増加したのは三十年頃からで、三十七八年役の出征者、従軍者及び其の以後の満韓旅行者がしばしば携帯して各々其の便利を実地に経験したのも一つの大いなる機縁となったであろう。萬年筆の使用者は其の頃からにわかに激増してついに今日の勢いとなった。
人は往々萬年筆を目下の流行の一つに数えてるが、萬年筆の行われるのは流行というような一時的現象ではない。ペンが毛筆に取って代わるのが文筆上の趨勢である以上、萬年筆は将来ますます広くあまねく行われるのが当然で、今日でこそこれほど行われていても猶お金ペン付きファウンテンペンというと何となく贅沢らしい感が無いでも無いが、之が即ち進歩したる時代の実用ペンである。
尤も人は実用一遍で満足するものでなく、純粋の実用品にすら多少の装飾を施すものゆえ、萬年筆にも亦実用向きと贅沢品とある。未だ日本には輸入しないが二三百円以上を値する品さえある。従来日本の高価なる文房器什を集めて机の上を飾ってる人達は西洋のペンとインキというと如何にも実用一遍の安物ばかりのように思ってるが、文鎮でもインキ壷でも高価贅沢品はイクラもある。一本二百円乃至三百円の萬年筆も外国では不断に供給されてる。
が、贅沢品はさておき、普通の萬年筆でも、一グロスいくらという学校生徒用のペンで満足していた二十年前には、金ペン付き萬年筆というと何となく贅沢らしく感じて、官吏ならば高等官、会社員ならば重役、新聞記者ならば編集長または主筆、著述家ならば先輩株の外は萬年筆を使用するものが極めて少なかった。が、萬年筆は贅沢品として大切にしているよりは実用品として毎日毎日激しく使用していよいよ益々便利なのが解るので、誰でも彼でも使用するようになった今日では、最早贅沢品と思うような人は無くなってしまったろう。三日目四日目に一遍や二編、乃至一月に二度や三度葉書か手紙を書くのが関の山のような閑な人なら、悠々と端渓に水を湛えて、古い唐墨を気長に磨って、猫の毛なり羊の毛なり舐って達筆に大師流なり尊円流なりを奉書の巻紙に揮っていても済むが、朝から晩まで簿書堆裡に没頭し、若しくは終日卓に対って操こに従うものは一々水を注したり墨を磨ったり筆を舐ったりしてはいられぬ。又通例デスクを離れて仕事をしている機械場の技師とか、演習中の軍人とか、甲板上の海軍士官或いは船員とかはサインをするなり葉書を書くなりする必要があった場合、一々書卓に駈けて行かれもすまいし、古風な懐中硯を出して墨を磨るわけにも行くまい。と云ってまさかに米屋や薪屋の御用が持っているような、真鍮の矢立を洋服の衣兜に入れても置かれまいし、一尺以上もある昔の陣中矢立をブランブラン腰に垂下げるようなお茶番染みた真似もなおさら出来ぬだろう。こういう職務、すなわち官吏、会社員、銀行員その他簿書及び文書の事務を扱う実務者、著述家、新聞記者、筆記者、技師、技術家、陸海軍人、船員、医師、弁護士、教師、巡回教師、或いは常に手形小切手などにサインする実業家、得意廻りその他の外勤事務及び通信事務に服する人達は必ず”always ready”の萬年筆を持たざる時は勢い執務上の敏活を欠くであろう。又旅行するときは膝掛、雨具、化粧道具等よりも何よりも彼よりも萬年筆が第一番に必要であって、汽車の四通八達する今日、萬年筆一本さえ持ってれば着のみ着のままで何処へでも行かれる。遠い旅行でなくともツイちょっとした散策にもよくある事で、憶い出した用事を出先から葉書でも出そうとする場合、萬年筆を持ってると郵便局の悪墨や毛の切れた筆を借りずとも済む。又之からは梅見、花見、野遊び等に行って短冊を枝に釣るしたり書残して置いて来たりするよりは、即興をその土地の絵葉書に書いて同好の友に送る方が新しい風流として益々行われるだろう。現に一部の好事家や若い人たちの間には行われてるが、こういう場合は萬年筆に限る。毛の切れた筆を借りたのでは折角の絵葉書が小汚くなって興が冷める。
風流の場合はともかく、実際の執務上サインをするは今日事務上の常時であるが、繁劇な任務に当たってる人や技師や船員は常にデスクに対ってはおられぬ。と云って、前条にも云う通り、其度毎に一々書卓に駈けては行かれぬし、鉛筆のサインは無効である、如何しても萬年筆でなければ役に立たぬ。又例えば医師の処方箋のごとき鉛筆で認めたものは往々消えて了うゆえ違法としてある。慣例上鉛筆の処方箋を扱う事があっても調剤師は必ず書更へを要求する。夫故に医師が往診の場合携帯する必要品は聴診器其の他の診察機械に次いでは萬年筆である。欺ういう職業上必要の実例は一々数え上げたら際限が無かろう。
道行く人を注意して見よ。洋服の衣兜に萬年筆一本乃至二本を見ざるは殆んど無かろう。手提げのバック、折鞄、乃至帯の間、袂の中或は婦人のオペラ・バックの中に必ず萬年筆を出して手帳に記入し若しくは葉書を書くものを少なくも五人や六人は必ず見掛ける。電車の中でさえ使用している人が珍しく無い。萬年筆は最早今日では上流しん紳の専有する贅沢物でなくて、凡そ世の中に働く何人の為にも必要なる実用品として何人にも重宝がられておる。実際まだ一度も使用した経験が無いという事は何となく時代に遅れているように人も思えば自分でもソンナ気がして公言するをはばかるようになった。
随ってツイ二十年前までは萬年筆の供給者は丸善一軒であったのが、今日では市中の文房具店という文房具店には舶来なり和製なり必ず二三種類の萬年筆を見掛けるようになった。随って又和製の模造品が日一日増しに殖えて来た。勧工場へ行くと萬年筆専門の店さえあって、ウオーターマン式とかゼニス式とか称する怪しい模造品が欄木ペン以上に段々広まって来た。ペン軸に日本風の蒔絵や象眼を施した変なものもある。萬年筆何とか株式会社というものも出来たそうだ。文筆会の今日は実に萬年筆時代であると言っても宜かろう。
けれども之は一時的の浮気な流行では無くて文房上の一転期である。日本は久しく極東に鎖国していた結果、文明が固定していたから、一千年来毛筆の変化がなかったので、今や初めて革命の時が来たのだ。ヨーロッパでも葦の軸を廃して金属のペンを用いるようになったのは僅かに百年前であって、其の時分は誰しも今日のように尽く金属ペンになって了うとは決して想像しなかったろう。今日、日本でも萬年筆を洋服の衣兜に入れて置く人が目を突くほどあっても、まだまだ書道を論ずる人の鼻息頗る荒く、顔真卿だの文徴明だのという声の絶えない間は天下の人を挙げて尽くペンを用いしめることは到底難しいように想像されるが、時代の風潮は如何ともする事は出来ぬ。習俗に囚われてる人たちがペンで書いたのは俗だナゾと云ってる内に何時の間にか尽くペンになって了うは、丁度書籍が何時となく尽く活版の洋綴となって了ったと同様であろう。美術(?)としての書道即ち六朝だとか王義之だとか顔真卿だとか或いは広沢流だとか松花堂だとかは勿論何時までも喧しく云われるだろうが、いつとなく段々と”daily writing”と交渉しなくなって、額だとか掛物だとか看板だとか墓碑だとか或いは又褒状だとか頌徳表だとかいう如き特殊の文書類に限られて了うようになる。丁度今日ヨーロッパでもこういう場合にはマニュスクリプト体や或いは新たに意匠した装飾文字を使用すると同様であって、此の場合にはやはり毛筆のようなものが使用されもするだろうし、今日のいわゆる書家の意味とは少しく違う毛筆使用の技術家が何時までも相応にもてはやされるであろう。が、之は専門技術家が特別の場合の話で、”daily writing”の為めの毛筆の運命は最う尽きておる。ローマ字の一般に行われる時代は猶お遠いとしても、中学以上の習字科廃止説が近頃保守的教育家の口にさえ上った如きは、昔の書道が無視されて毛筆の運命がいよいよ短縮された意見として注意すべきであろう。夫故に、上はしん紳貴冑より下は匹夫匹婦に到るまで平生の文筆上尽くペンを使用するに到る時期の必ず遠かるまじきを日本の文明の大勢上より予言するは決して的を外れぬであろう。

上記文章は私の怪しい入力で校正も充分では無いため、興味を持たれた方はぜひ書籍で読んでいただきたい。
これで約4000字、ポメラの1ファイルの制限の半分である。実際に打ってみた感じ、こと書くということに関しては、8000字もあれば早々困ることも無いだろう。それよりもATOKの一度に変換できる文字数の制限 (50文字) の方が入力しているときには気になった。ただこれは私がATOKを試す意味でわざと長めに打って一度に変換させていたことも関係するだろう。普段の私はSKKを使っており細切れに変換する癖が付いているので現状でもよい。

キングジム デジタルメモ ポメラ  DM10 パールホワイト

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内田魯庵 (明治の文学 11)

内田魯庵 (明治の文学 11)

万年筆の過去、現在及び未来

夏目漱石内田魯庵にすすめられてデ・ラ・ルー社のオノト萬年筆を使うようになった有名な話を「余と萬年筆」という一文で寄せているのも、この丸善発行の『萬年筆の印象と図解カタログ』(初版は1912年)であったりするからだ。
 また、『學鐙』には、内田魯庵自身が「萬年筆の過去、現在及び未来」といった文章も掲載している。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~kamunaki/stationery/index.html

この日清戦争をきっかけに普及という話は「万年筆の過去現在、及び未来」(砂邸子)に書いてあったことで、こいつは何者なんだろうと思ったら、なんのことはない、内田魯庵の変名だったらしく、明治の文学11 内田魯庵amazon)に収録されていた。

ポメラについて

ポメラが成功するのか、失敗するのかはわからない。だが、ポメラには思想がある、私はそう思う。だから、私はポメラを支持する。

開発者の人の話の、

立石:
実は開発当初はですね、開発で大変なのは意外と開発する行為そのものではなくて、いかにそのシンプルなコンセプトを貫き通すか、という話だったんですね。

こう......(クラムシェル型のハンドヘルドのように持って)、見えるとなんでもやりたくなっちゃうじゃないですか。例えばここにテンキー付けちゃったらどうなの?といったいろいろな案が次から次へと出てくるんですね。社内でコメントもありますし。自分の中でも「ここにジョグダイヤル付けてさ、こうくるくるってやれば......いいんじゃない?」っていうようなところも、まああったんですが、今回あえて、こういう市場を問うてみるといいいますか、敢えて一番コンセプチュアルな、シンプルなかたちで何も付けずにやってみるというところがあります。

この辺りかな、あれもこれもとなるところを敢えてスパっとシンプルに出したところは良いと思う。
ただどうしても一つだけ、ほんの少しの改造で何とかなるのなら、microSDカードのフォルダ名を各社携帯のデフォルトのものが見えるようにして欲しい。

ますますポメラが欲しくなります。

しかし、妻の説得が、、、

そこ重要ですね^^;
http://www6.atwiki.jp/hoshiba/pages/69.html
http://d.hatena.ne.jp/suzukishika/20081116/1226810123
衝動買いと思われるのが一番反対を招きやすいので、発表されたら奥さんにも徐々に情報を流すのが良いです。ただしうざがられない程度で止めるが吉、急がず少しずつ周知していただくようにします。

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