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万年筆のインクフローとインクの表面張力の関係について

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いつも楽しく拝見させていただいていて、インクのペーパークロマトによる分析手法なども参考になる、海外在住夫婦のお買い物日記のブログで毛細管現象と表面張力について疑問を呈されていましたので、分かる範囲で解説してみたいと思います。*1

まず、上の図ですが、固体表面にインクを垂らしたところだと想像して見てください。インクが固体表面に付着して盛り上がっている場合、図に示した3つの力が釣り合っています。赤の矢印γsが固体の表面張力、青の矢印γLが液体(インク)の表面張力、緑の矢印γLSが固体と液体の間の固-液界面張力を示し、γLとγLS間の角度θを接触角と呼びます。これらの力が釣り合っているときは、下記の式 (Youngの式) が成り立ちます。*2
γS = γLS + γLcosθ
接触角が小さいと固体表面は液体により、ぬれやすく、大きいと、ぬれにくくなります。界面活性剤を加えて表面張力を下げると、接触角は小さくなり、ぬれやすくなります。

では、万年筆のような毛細管現象の場合を考えてみます。

上の図を万年筆のペン先の切り割りをインクが広がっているところだと想像して見てください。この場合、働くのはγSとγLSになり、このときのエネルギー変化をWと置くと、
W = γS - γLS
となりますが、先程のYoungの式を使うと、
W = γS - γLS = γLcosθ
となり、ペン先の切り割りをインクが自然に広がるには、γSがγLSより大きい (γS > γLS) 、すなわち、γS - γLS > 0 である必要がありますから、接触角θはθ< 90°である必要があり、接触角が0°の時cosθが1で最大になります。
例えば溶液に毛細管を漬けたときのことを想像してみると分かりやすいかと思います。接触角θ< 90°の溶液(ガラス管と水など)では、液が毛細管を上がってきますが、θ> 90°(ガラス管と水銀など)ですと逆に液面より下がってしまいます。


上の図のように毛細管中を液面が上昇した時の高さhは、以下の式で表されます。


上の式で、γが表面張力、θは接触角、ρは液体の密度、rは管の内径(半径)、gは重力加速度です。
hが高くなるためには、表面張力γが大きくなれば良いのですが、他の要因として、接触角θは小さく(0°の時が最大)、液体の密度ρや管の内径rは小さい方が良いということになります。


ただ表面張力を上げるのはなかなか大変です。上のグラフのIのラインのように、水に塩や糖を溶かすと表面張力が多少なりとも増加しますが、アルコール等を加えるとIIのラインのように大きく表面張力が減少し、更に界面活性剤だとIIIのラインのように急激に表面張力が減少します。
また、糖などを加えて表面張力を上げたとしても、その場合密度も上がりますので、結局効果が相殺されてしまい、あまり効果が無いということになってしまいます。
結論として、インクフローを良くするためには、表面張力を上げるより、接触角を小さくし(ペン先がインクで濡れやすくし)、インクに余計なものを入れず密度を下げた方が効果的だと考えられます。
また、毛細管の内径rが小さい程、毛細管の中を液が上昇するため、万年筆のペン先側の要因としては、ペン先が寄っていて隙間が細い状態になると思いますが、隙間が細くなると隙間のインクの量は少なくなりますので、これも結局はバランスの問題かと思います。

それからもう一つ、ペン先の裏などを少し荒らしてインクフローや保持力を上げるというような調整の手法があるかと思いますが、Wenzelの式というので説明できます。これは一言で言ってしまうと、「濡れやすい表面を粗面(粗い表面)にすると、ますます濡れやすくなり、濡れにくい面を粗面にすると、ますます濡れにくくなる」というものです。元々ペン先というのは、インクで濡れやすい材料で作ってあるのですから、十分に小さい凸凹を付けることで、ますます濡れやすくなると考えられます。

液滴の大きさに比べて、凸凹が十分に小さい時、滑らかな固体表面(ツルツルのペン先)と液滴(インク)の真の接触角θよりも、粗面(粗したペン先)と液滴の見かけの接触角θ'は小さくなるため。

*1:長々と書いていますけれど、結論らしきところはboldにしていますので、まずはそこだけ読んでいただいてもよいです。

*2:本当は表面エネルギーや界面エネルギーで考えるべきで、厳密に言うと正確ではないんだけど、とりあえず力の釣り合いで説明します。