趣味と物欲

博多天神界隈を本と文房具(万年筆とインク)と電子ガジェットを探して徘徊しています。

古典ブルーブラックと万年筆と私 3 雌伏篇

WAGNERに初参加

WAGNERが福岡に来る!ということを、森さんのブログで知り、参加してみたい、でもちょっと怖い、と会場に着くまで悩みに悩んだあげく、興味が勝って参加しました。
2009年7月12日のことです。WAGNER九州大会に参加 - 趣味と物欲
参加してみると、楽しくて、いくら話しても話題は尽きず、自作古典インクも披露して、小分けしてβテストをお願いしたりしました。
そのままの勢いで、1ヶ月後の岡山大会にも参加、岡山でも自作古典インクの配布とβテストのお願いをしました。
WAGNERの第2回中国大会(岡山)に参加してきました。 - 趣味と物欲

ペントレインクの調製依頼

WAGNERの森さんから「ペントレ (ペントレーディング in 東京) 向けに古典インク作れないかな5L」と打診を受けました。
色のコンセプトは「昔のちょっと緑っぽい色のブルーブラック」、この色は当時そのままの色ではなく、長年保存されているうちに、酸化が進んだり、添加された青の色素が分解されたりして出来た、偶然の産物ではないかと考えているのですが、とても良い色で大事に愛好されている方もいらっしゃいます。
古典インクに使える色素の種類が、研究の結果増えましたので、緑っぽいブルーブラックの色を手っ取り早く色素を混ぜて再現したのが、ペントレ用WAGNER古典インク 青黒になります。
WAGNER2010古典ブルーブラックインク ペントレで完売 - 趣味と物欲

5Lのビーカー

それまでは最大でも500mLしか一度に作ったことがなく、一気に10倍スケールで作るのは不安でしたが、5Lのビーカーを購入し気合で調製しました。
この時までに配布した自作古典インクは、βテストということもあり、感想や意見をいただく代わりに、送料含め無料にしていましたが、ペントレインクは器材も試薬も結構かかりましたので、大体同じくらいの金額になるWAGNER2009万年筆と万年筆本のセットと物々交換しました。
この時決めた、依頼を受けてインクを調製する際は、材料費はお願いするが、手間賃などはいただかない、余った試薬はその後のインク調製やインク研究に使わせていただくというスタイルは今も継続しています。
とある調製のための大ビーカー - 趣味と物欲

趣味文への寄稿依頼

更に森さんから「趣味文 (趣味の文具箱) に古典インクの話書かない?」と打診を受けました。通常業務に加え、渡米の準備で忙しくて悩んだのですが、不当に評価されている古典インクの悪いイメージを払拭したいという想いから、お話を受けることにしました。
自作古典インクの処方を昔の古典ブルーブラックの処方と並べて比較し、ペントレ用WAGNERインクの色の変化を高橋さんに測定していただきました。
また森さんからは更に「古典ブルーブラックか染料のブルーブラックか判別できないか」、「古典インクを洗浄する良い方法はないか」という宿題もいただきました。

まだ続きます。
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古典ブルーブラックと万年筆と私 2 野望篇

古典インクを作ること自体は簡単だった

プロジェクトXばりの失敗と成功のドラマがあれば盛り上がるのでしょうが、「インキと科學」の処方のまま調製してみるのは簡単でした。本に書かれているのは処方だけで、書かれていないちょっとしたコツのようなものはありますが、化学系の実験をやったことがある人なら経験的に勘が働く程度のものです。
2009年2月24日のことでした。古典的ブルーブラックを作ってみた。 - 趣味と物欲
また、「インキと科學」の紹介記事で分かるのは、古典インクの主要成分である硫酸鉄 (塩化鉄)、タンニン酸、没食子酸、硫酸 (塩酸)の量や比率のみで、色素として何が使われているかは明示されていませんでした。

たまたま食用青色1号があった

青色の適当な色素を探すと、食用青色1号が目につきました。原薬が毒薬の薬を賦形して希釈する時、青に着色するのに青色1号を使うので、持っていたんだと思います。
古典インクの原液と混ぜてみると、沈殿ができるとか分離するとか、特に異常無く着色できました。ただ食用青色1号の青は青というより水色なので、市販のブルーブラックと同様の色調を目指していた当時は、より濃いブルーの色素を探索する方に向かいました。
それから10年を経て、食用青色1号を使った古典インクは「喜望峰」として日の目を見ることになります。

自分なりのアレンジとして溶剤を検討する

「インキと科學」やインキと科學で参照されている「最新化学工業体系」等の文献に掲載の処方では、溶剤は水のみを使用し、沈殿抑制のための粘度調整にアラビアゴムを添加しています。
当時はまだアスコルビン酸洗浄法は無く、古典インクを固めてしまったら、物理的にかき取るしかないと考えられていましたから、糊になり固着を強固にするアラビアゴムは加えず、乾燥を抑制するための保湿剤として、グリセリンやPG、DEGの添加を検討しました。
苦労したと言えば、保湿剤として何をどれくらい加えるのかは試行錯誤した点でしょうか。保湿剤を加えると、どうしても滲みやすくなったり、裏抜けしやすくなりますから、どれくらいなら許容範囲か、自分なりに納得のいく添加量を探しました。
最新の滲み・裏抜け検証の結果から、保湿剤を加えている古典インクは、私が調製したインクかKWZインクだと予想されます。
各種古典ブルーブラックインクをモレスキンで滲みと裏抜けテスト - 趣味と物欲

青以外の色素にも手を広げて色素を探す

古典インクに使用できる色素を探して、食用色素や法定色素で手に入るものを片っ端から購入して試しました。食用色素の一部は、スーパー等にも売っていますが、デキストリンなど食べて害にならない成分を加えて希釈されていますから、試薬として売られている純度の高いものを探して購入します。
古典インクを作る材料の中で最も高いのは色素です。少量小分けされたものは割高で、少しでも結構なお値段がします。財布にかなりの痛手だったのですが、買えるものを購入し、古典インクの原液と混ぜて変化を観察しました。
その結果、古典インクに使用できる色素10種が見つかり、赤青黄色の三原色が揃ったので、色々な色の古典インクを調製できる準備が整いました。
古典系基本10色完成 (万年筆用インク古典ブルーブラック仕様) - 趣味と物欲

始まりの勇者たち

古典インクの調製を始めてから1ヶ月と少し、各種万年筆に入れて使ってみて、自分でも驚く程トラブルが起こらなかったので、βテスターを募集することにしました。
2009年4月7日のことです。自作インクのテストにご協力いただける方を募集します。 - 趣味と物欲
Museさん、stoneさん、マジェスティさん、シューちゃん、Shenさん、Hiro-Aさん、チェリーさん、渓雪さん、蓮覇fe500rsさん、solitonさん *1、多くの方からご感想をいただき、ご意見を元に改良を進めました。
特にstoneさんからいただいた蛙やラスカル (raccoon) のイラスト入りのご感想は、古典インクの変色を利用して絵を描くという発想から強く印象に残っています。

続きます。
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*1:ご協力いただいた全ての方をご紹介しきれていないので、ここにペンネームを載せてよいという方はご連絡ください

古典ブルーブラックと万年筆と私 1 黎明篇

はじめに

古典インクの自作について、私なりのこだわりがあるのですが、そのこだわりの部分だけ話しても、何故そこにこだわるのか分かってもらえなかったり、誤解されたりしそうなので、自分の考えを整理する意味でも、古典インクと関わりだした最初の最初から書き出してみることにしました。

最初の万年筆

古典インクとの関わりは、最初に手にした万年筆まで遡ります。中学生の時に、使ってみるかと渡された父の万年筆はプラチナのシープでした。父が職場で記念に貰ったまま保管されていたもので全くの新品でした。祖父母と同居していましたが、普段から万年筆を使っている人は誰もおらず、使うためには別途インクがいるということだけ教わりました。
街の文具店で、インクが欲しいと尋ねたところ、「ブラックとブルーブラックとあるけどどちらにする?」と問われ、その時ブルーブラックという色があることを知ったのです。
ブルーブラックという不思議な言葉の響きに惹かれて、当然のようにブルーブラックを購入したのですが、プラチナですから、それは古典ブルーブラックのカートリッジでした。万年筆のイロハも知らず、教えてくれる人もいませんでしたから、放置して詰まらせて、というお決まりのパターンを経て、そのまま使わなくなってしまいました。

再万年筆はプレピー

それから20年近く経って、再度万年筆に触れたのは、たまたま文具店で見つけたプラチナのプレピーでした。プレピーのブルーブラックを目にして、子供のころのブルーブラックの名前の記憶が蘇り購入しました。
このプレピーが私の万年筆の師匠になりました。筆記時のペン先の角度、カートリッジの換え方、インクが出ない時の対処の仕方、スリップシールで手間がかからないことも教材としてうってつけでした。
まだコンバーターの存在もしらず、ブルーブラックのカートリッジをひたすら消費していました。手に馴染んだお気に入りの1本を、うっかり落としてペン先を曲げ悲しい想いをし、貴重な教訓を得ました。
1年以上プレピーを使っていて、壊れたプレピーを買い直した以外に万年筆は増えませんでした。今の私の体たらくを見ると驚異的なことだったと思います。

2本目の金ペンデビュー

私がプレピーを使っているのを見た人が、万年筆を贈ってくれることになりました。父の万年筆以来となる金ペンは、プロフィット21のマット軸でした。贈っていただいた万年筆を使うにあたり、体系的な知識を付けるため、本屋で万年筆関係の本や雑誌を探し、ウェブ上の情報を探しました。
中でも発売されたばかりの「ペン!ペン!ペン!ファウンテンペン!」を本屋で手にしたのが幸運であり、沼への誘い道でした。愛用のペンとインクで書かれた、熱い想いを語る直筆の原稿に心を打ち抜かれてしまったのです。
そこからWAGNERを知り、森さんのブログを毎日かかさず読むようになり、フエンテを知り、と順調に深みに嵌り、ペンもインクも増殖していきます。

何か自分にもできることはないか

まだこの時点でWAGNERに参加したことも無く、フエンテにも入会していませんでしたが、森さんや海老沢さんのブログの活動報告や趣味の文具箱などの雑誌を毎号買い情報に触れると、一旦は消えかけた万年筆を愛好家の皆さんが自分の貴重な時間とお金を使って盛り上げ、繋げて来られたのだということが分かってきます。
WAGNERを開催するために毎週のように日本全国を飛び回り、万年筆調整をしたり、無償でフエンテを発刊され続けている方々のおかげで、今万年筆を楽しめている、この恩恵を甘受するだけでなく、何か自分にできることでお返しをできないものかと思いました。
そんな時に目に止まったのが、森さんのブログ「万年筆評価の部屋」で始まったパイロットの「インキと科學」という本の解説記事です。紹介されている材料を見て、これは作れそうだと思ったのです。

長くなったので続きます。
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