趣味と物欲

博多天神界隈を本と文房具(万年筆とインク)と電子ガジェットを探して徘徊しています。

万年筆用古典インク (iron gall ink, 没食子インク, タンニン鉄インク) の実験結果と評価 ~文献を調査し、自ら実験してきた記録~

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この記事はトップに表示されるように設定しているので、最新の記事は下にスクロールした2番目の記事になります。

鉄を含む万年筆用インクである古典ブルーブラックインク(古典インク, 没食子インク, タンニン鉄インク, iron gall ink)について、文献にあたり、様々な実験をして記事を書いているのですが、たくさんあって自分でも何を書いたか分からなくなることがあるので、ブログのトップにまとめを表示します。秘伝のタレのように継ぎ足しながら書いているため長いです。

これまでの経緯は下記の一連の投稿 (古典ブルーブラックと万年筆と私 または私は如何にして心配するのを止めて古典インクを愛するようになったか - 趣味と物欲) からどうぞ、頑張って書きました^^)ノ
pgary.hatenablog.com

どのインクが、古典インク (iron gall ink, 没食子インク, タンニン鉄インク) なのか調べ続けているわけは以下の記事に書いています。
pgary.hatenablog.com

古典インクは、ある程度の耐水性・耐光性があり、比較的裏抜けや滲み難く、書いた後の色の変化が楽しめ、昔ながらのインキ消しで消すこともできる上、ペン先が汚れたらアスコルビン酸できれいに落とすことができるインクです。耐水性・耐光性では顔料インクに一歩譲りますが、インクの性能云々というより使って楽しいインクだと思います。

www.youtube.com
色素が入っていない没食子酸インクの色変化

個人的には古典インクが好きで良く使っていますが、このブログでは以前から、インクの好みは千差万別、好みが9割と主張しています。
pgary.hatenablog.com

更に詳しい情報は、下記の「続きを読む」を押してみてください

古典ブルーブラック (古典インク、没食子インク、iron gall ink) とは?

古典ブルーブラック (古典インク) という言葉をこのブログでは、「タンニン酸あるいは没食子酸および鉄イオンを含む万年筆用インク」と定義しています。この定義にあてはまる市販のインクは、メジャーどころでは、プラチナとペリカンのボトルとカートリッジのブルーブラックインクモンブランのブルーブラックと旧ミッドナイトブルーのボトル (ただしどちらも現行品ではない)、ラミーのブルーブラックのボトル*1ラミーのクリスタルインク ベニトアイトローラー&クライナー(R&K)のサリックスとスカビオサ (没食子インク) になります。

趣味の文具箱 vol.55に、ペリカンブルーブラックが染料インクに変わったという記事が掲載されましたが、その後の検証で、Lot. 20F (2021年3月) も鉄を含むインクであり、古典ブルーブラックのままであることが確認されました。

また、DIAMINEのregistrar's inkP.W.AkkermanのIjzer-galnoten Blauw-Zwart英雄などの中国製ブルーブラックの一部も古典ブルーブラックインクです。更にブルーブラックではない色の古典インクとして、プラチナからクラシックインクポーランドのKWZ INKからIGインクが新たに発売されました。 *2

  • これらの研究結果は、このブログで公表している他、趣味の文具箱Vol.16, 23に記事を書かせていただきました。
  • 私の調製したインクが万年筆研究会 WAGNERの2010, 2012, 2014, 2015, 2016限定インクとして採用されました。
  • ヌルリフィルでお馴染Pen_Saloonさん*3喜望峰インクとして採用されました。
  • プラチナ クラシックインクの開発に協力させていただきました。*4

化学系研究者のTomohiro INOUE さんがまとめられた記事 お勧め!!

古典ブルーブラックの語源は2ch?

ちなみに古典ブルーブラックという言葉は、本やネット上の文章として残っているものとしては、2chのインクスレが起源のようです

それ以前は、混合型インクやパーマネントインクなどの表記が見受けられます。
pgary.hatenablog.com

古典ブルーブラックの古い常識を疑う

万年筆を使い始めると、まず最初に、「古典インクは鉄ペンを腐食させる、金ペンでは使えない」と教わることが多いと思いますが、ここで言われる鉄ペンというのは昔のスチール製付けペンのイメージを引き摺っていて、現在のステンレスペン先の万年筆であれば古典インクを使用できます *5。実際にプラチナ万年筆は、ステンレスペン先のプレピーに古典ブルーブラックのカートリッジを添付して販売しています。
pgary.hatenablog.com

利便性や機能的な面だけで、古典ブルーブラック不要論をとなえる方もいらっしゃいますが、そもそもそれを言い出したら、何で万年筆を使うんだってことになりませんか?(^^; それはともかく、個人的にはインクは好みが9割だと思っているので、自分で責任を取る限り、好きなインクを好きな万年筆で使えば良いと思います。
pgary.hatenablog.com

古典ブルーブラックに関するQ&A

今や空前の!?万年筆ブーム、新しく万年筆の魅力に取り付かれてインク沼に嵌り、古典ブルーブラック (古典インク) に初めて触れたという方も多いと思うので、Q&A形式で疑問に答えてみたいと思います。

1. 古典ブルーブラックや古典インクという言い方は間違いなの?

悩ましい問題です:所謂古典ブルーブラックを表す言葉として、パーマネントインク、混合型インク、没食子インク、iron gall ink等々色々な言い方があるのですが、どの言葉もちょっとずつ説明し足りないところがあります。正確に言うなら「タンニン酸あるいは没食子酸および鉄イオンを含む万年筆用インク」となり、長いので、この概念を一言で表すなら「古典ブルーブラック」とか「古典インク」と言うのが便利なのです。
詳しくは、古典ブルーブラックという便利な言葉は2ch発? - 趣味と物欲をご覧ください。

2. 古典ブルーブラックは危険なインクなの?

いいえ:何事も使い方次第です。基本を知ってちゃんと使えば大丈夫です。
一口に古典インクと言ってもメーカーによってずいぶん違います。鉄分の多さで比べると、プラチナ<ペリカン<<R&K<ダイアミン レジストラーズ という並びで、鉄分が少ない方がペンには優しいですが、鉄分が多い方が耐水性や耐光性は高い。
また、使われている酸の種類が、プラチナやペリカンは硫酸、R&Kやダイアミン レジストラーズは塩酸で、硫酸の方がペンには優しいが、紙には塩酸の方が優しいかな?くらいの違いがあります。*6
総じて万年筆メーカーの古典インクは万年筆への影響が少なくなるように作られているようです。

2.1 ペン先への影響は?

古典インクの酸に耐えるように金ペンになったという経緯はありますが、鉄ペンについてもステンレスの改良が進み、現在のステンレスペン先は古典インクに十分耐えられます。*7 念を入れるなら硫酸系のプラチナやペリカンの方が腐食性は弱いです。
ただペン先自体は大丈夫でも、ペン先に施された鍍金、ペン先に近い所にある飾りリングや金属部分は腐食されることがあるので、気をつけてください。また特に金ペンでも、ピンクゴールド鍍金やルテニウムコーティングは剥がれる可能性があるので注意が必要です。
絶対に入れては駄目なのはパイロットのキャップレスで、ペン先が金のタイプでも、シャッター機構の動きが悪くなります。

古典インクを使用するのに極私的にお勧めするのは、純正のインクに古典インクがあるプラチナの特にスリップシール機構付きで乾き難い万年筆です。迷ったらまずプレピーのブルーブラックを買ってみてください。純正のブルーブラックは古典ブルーブラックなので、300〜500円程度で古典インクを試すことができます。
pgary.hatenablog.com

また、ペン先が一見腐食した様に見えても、古典インクの成分が固化して付着しているだけで、アスコルビン酸を使えばきれいに落とせたという事例も報告されています。*8

2.2 紙への影響は?

没食子インクで書かれた昔の文献で、インク焼けという虫食いの様になる現象が知られています。*9 その原因として、硫酸と鉄イオンが考えられていて、硫酸の代わりに塩酸にすることはできますが、鉄イオンに関しては古典インクを使う限り避けては通れません。ただ、保存性が高い最近の中性紙でも同様の現象が起こるかは、まだ分かりませんので、数十年後にどうなっているか検討が必要でしょう。*10
ちなみに、40年前に古典BBで書かれたノートがブログで紹介されていましたが、それではインク焼けは起こっていませんでした。*11

古典インクが怖いなら、顔料やラメ入りインクだって別の意味で怖いです。怖い怖いといたずらに恐れるのではなく、何に気をつければ良いのかを知り、最後は自己責任だと割り切ってインクは好みが9割だと好きなインクを楽しみましょう。

3. 古典インクにできる沈殿物や黒い滓は酸化鉄なの?

いいえ:「タンニン酸あるいは没食子酸と鉄(III)イオンのキレート化合物」です。長いので、短く表記するなら「タンニン鉄」とするのがよいでしょう。下記の実験結果もご参考にされてください。酸化鉄 (wikipedia:酸化鉄) とは別の物質です。


※タンニン酸鉄(III)が実際にどのような構造をしているかというのは難しく、上記の構造式も、こんな反応が起こっているという程度の模式図と思ってください。

4. 古典インクのアスコルビン酸洗浄法とは?

このブログで2010年に世界で初めて公開された、安価で安全で効果的な古典インクの洗浄法です。ポーランドのKWZ INKの方も没食子インクについては、アスコルビン酸による洗浄を推奨されており、グローバルに認められた方法です。
pgary.hatenablog.com

古典インクがペン先等で固まった時に出来ているのは、鉄(II)イオンが酸化された鉄(III)イオンとタンニン酸あるいは没食子酸がキレート化合物を作り、水に溶けなくなったものですから、還元してやることで水に溶けるようになります。酸性にするだけでも効果はありますが、還元性+酸性+キレート能があり、安全性も高いアスコルビン酸 (ビタミンC) が現状ではベストだと思います。
薬局やドラッグストアで購入できる局方品もありますが、食品添加物グレードのもので十分です。大袋で購入して余った分は、料理に使ったり、飲物に混ぜて飲んだりできるので、コストパフォーマンスは高いです。
どうしても洗浄に使う分だけ購入したいという時は、コンビニ等でDHCのビタミンCカプセルを購入し、カプセルを開けて中の粉末のみ溶かして使うという方法があります。
なおビタミンC入りの飲料など液体として売られているものは効果がほとんど無いようです。粉末を使用直前に溶解して使用するのが効果的です。
pgary.hatenablog.com

一見鉄ペンが腐食しているように見えてもアスコルビン酸できれいに落ちることもあるという結果が報告されています。

4.1. 洗浄はどれくらいの頻度で行うべきか?

万年筆のメーカーや販売店の方は1ヶ月〜半年程度の間隔で、定期的な手入れをお勧めされていることが多いと思いますが、肩肘張らず、万年筆をもっとカジュアルに使って欲しくて、本ブログでは、調子が悪くなったと感じてから手入れをする「万年筆適当主義」を提唱しています。
pgary.hatenablog.com
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5. ペリカンのブルーブラックは古典インクじゃなくなるの?

現時点ではいいえ:ラミーやモンブランの例があるのでこれから先のことは分かりませんが、少なくとも現状、定期的に話題になる「ペリカンBBが古典じゃなくなった」という話は、一部販売店の誤解による誤報のようです
一部販売店の主張に加えて、ラミーやモンブランが事前アナウンス無しに古典インクを染料に変えたこと、ペリカンBBが米国で販売できなくなっていることが信憑性を増し、流布している噂にすぎません。この噂が出るたびに、関東、関西方面の方にご協力いただき、二価鉄試験紙で確認していますが、販売店が染料と言って売っていたロットも古典ブルーブラックでした。

また、ペリカンBBが米国で販売できないことから、古典インクが米国で販売できない、ペリカンBBに危ない成分が入っているという誤解がありますが、「米国のTSCA (有害物質規制法) の既存品目リストに載っていない物質がペリカンBBに入っているため、使うには申請と審査が必要になるが、費用もかかるため販売しないことにした」ということではないかと考えています。
古典インクの主要成分は、TSCAリストに載っていますので、載っているものだけで古典インクを作ることが可能です。問題となっているのは、古典インクに必須ではない成分だと考えられます。

私自身は古典ブルーブラックを自作してしまうくらい好きなのですが、耐水性、耐光性、耐薬品性が必要な用途では、水性顔料ボールペンをお薦めしています。ちなみに私は、ユニボール VISION ELITEユニボール アイ、油性顔料ボールペン ぺんてる ローリーなどを使ってきて、最近は、くっきりとした筆記線のユニボールワンです。

過去の古典インクに関する記事はここから

下記は直接ラミーに問い合わせた際の返信内容です。

ラミーボトルインク(ブルーブラック)ですが、2011年12月以降に製造されたものは染料系になっております。
特に公式公開は行なっておりません。

また、ラミーは2019年にベニトアイトという名前で古典ブルーブラックを復活させました。

モンブランのミッドナイトブルーも箱の裏に「耐色性に優れています」の記述が無くなったものは、古典ではなくなっています。

Google booksで「趣味の文具箱」の一部が公開されていますが、古典ブルーブラック研究の記事は、Vol.16は4頁中3ページ、Vol.23は2ページとも読むことができます。
どのブルーブラックが古典ブルーブラックか検証するための、実験方法と実験結果が分かります。

古典ブルーブラックインクに関する疑問を検証・考察


www.youtube.com
没食子酸で初音ミクを描いてみた。

市販のブルーブラックインク (顔料インクも) を試験する

古典インクの自作について

自作古典インクに使用する有機酸や還元剤について

クエン酸アスコルビン酸もあえて使用する程のメリットが無いため現在は使用していません。

他の方のインクに関するページへのリンク

ダイアミン レジストラーズインクについて

2chからダイアミン レジストラーズインクの記事を探してきた方へ

下記の記事で紹介したレジストラーズインクの澱の画像について、「捏造だ、蓋を開けっ放しにしたんだろう、何か混ぜたんだろう」等と謂れのない非難をされる方がいらっしゃいますが、普通に使用して普通に保管していたものです。私以外にもレジストラーズで澱が出やすいという感想をお持ちの方はいらっしゃいますので、私のところだけで起こる現象ではないようです。

また、この現象はレジズトラーズインクのみに起こるものではなく、古典ブルーブラック一般に起こりうることです。これをもって古典インクを叩いているわけではなく、こういう現象が起こるのは原理上あたり前のことなのをお伝えしているだけです。

2chのレジズトラーズインク推しの人が言われるように、古典ブルーブラックが固まったものは古典ブルーブラックの酸でも溶けますので、完全に固着させてしまわない限り、使い続けることがメンテの一種になります。しかし完全に固着してしまうと、そもそもインクを吸入できず、固着したところにインクが届かないことになりますので、ペン芯を外して物理的に清掃する必要があります。また固着までいたらなくても、フローが悪くなることがあるのも昔から良く知られている現象ですので、インクで溶けるからといって、メンテナンスフリーで使えるわけではありません。

それから、インクで洗うのは効果的かもしれないけれど、コストがかかるだろうと思っていたのですが、2chのレジズトラーズインク推しの人は、インク瓶の中で吸入排出をされるそうです。インクを汚染させないために、吸った分は捨てるのだとばかり思っていました。

敢えて共洗いをするとすればインク瓶の中につけてインク吸う⇔出すを繰り返すだけ
まぁ気にするとしたら酸化したインクがインク瓶の中に入るコトくらいか

http://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/stationery/1424967511/l50

パイロットのCON-70で、レジストラーズインクを使わない方がよいという点は、皆様からの情報のご提供のおかげで、2chのレジズトラーズインク推しの人も同意いただけたようで、最近ではご自分の2ch投稿のテンプレにも採用されています。

ペン先がメッキされているペンにも使わない方が良いようです。
https://twitter.com/_0rm/status/625326120712278017

どうもご本人は、CON-70も吸引式の万年筆でもレジストラーズインクは使われていないようで、洗浄しやすい両用式の万年筆で、ペン先の近くの首軸部分に飾りリングなどが無く、飾りリングを腐食させる心配の無いようなペンを使われているものと思われます。どんなペンで書かれているのか、あまり明らかにされていないのですが、少なくともカスタム74は使われているようで、これは先の条件にあてはまります。

結局のところ、「レジストラーズインクは絶対安全だ」と豪語されているようで、最近はテンプレにも使用における種々の条件を付加されるようになり、「レジストラーズインクで調子が悪くなるような万年筆は使わず、万年筆は固着させないように毎日使え」と昔から言われている万年筆の使い方を、少し誤解されやすいような表現でされていて、ご自分でもレジストラーズインクで問題が起こらないように慎重に使われているようです。

インクは好みが9割で、人それぞれだよなあと思うのですが、どんな方にもレジストラーズインクをお勧めされるのも、レジストラーズ愛が溢れちゃっているんだろうなあと思ってみています。願わくば他の人のインクの好みにも、もっと寛容になってくれれば良いですね。