本好きの下剋上の中に出てくる「没食子インク」については、以前、説明は簡潔だが正確で、さすがは「本好きの下剋上」だと思った、ということをブログに書いているのですが、そう言えば出て来ていたなという印象で、あまり深くは考察していませんでした。
もう少し成り上がり、魔力も使えるようになって、フェルディナンド様に非常識さを呆れられながら無双するのが好きなので、平民時代の話は読み返しの回数が圧倒的に少ないのです。すみません。
pgary.hatenablog.com
そこで本好きの下剋上の中で没食子インクが出てくる話を調査してみました。
外に出るということ*1
https://ncode.syosetu.com/n4830bu/111/
「製法を知りたいわけじゃなくて……インクの種類が知りたいんです。『没食子』インクなのか、『ランプブラック』なのか、粘度の高いインクを扱っているのか……。そういうことが知りたいんです」
「植物の瘤から染料を取り出して、発酵させて、鉄イオン……鉄の塩を混ぜ合わせて、木の皮の……」
「インクが一種類と聞いた時から予想はしてましたけど、作られているのは『没食子』インクだけでしたね」
インク工房の跡取り達
https://ncode.syosetu.com/n4830bu/156/
ビアスに案内されたインク工房は、まるで理科の研究室のようだった。たくさんの器具が置いてあり、天秤のような秤があり、慎重に分量を量って、没食子インクを作っている職人の姿がある。
麗乃が知っている没食子インクの作り方について
本好きの下剋上に書かれている情報から読み解くと、エーレンフェストの庶民の間で使われているインクは没食子インクのみ、その作り方は、「植物の瘤から染料を取り出して、発酵させて、鉄イオン……鉄の塩を混ぜ合わせて、木の皮の……」のようだが、実際にはこのセリフはマインのもので、インク工房の親方は途中まで聞いて、「それだよ! なんで知ってるんだ!?」と驚いていますので、細部まで同じかは分かりません。
よってここでは、麗乃 (マイン) が知っていて、麗乃時代に母親と作ってみたことがある没食子インクについて考えてみたいと思います。
植物の瘤
まず植物の瘤というのは、没食子や五倍子のことで、虫が産卵したり寄生したことで、タンニンを多く含むようになった虫瘤です。マインは「染料を取り出して」と言っていますが、実際にはタンニン (タンニン酸) を取り出しています*2。
発酵
取り出したタンニン酸を含む液を発酵させていますが、これはタンニン酸を発酵させることで、加水分解し没食子酸にしています。タンニン酸も鉄と反応して黒くなりますので、この操作は必須では無いのですが、古い没食子インクの製法には発酵過程が書かれているものがありますので、その方が色が濃くなるなど経験的な知識があったのではないかと思います。
鉄の塩
マインは鉄イオンと言いかけて、鉄の塩と言い直しています。古い没食子インクの製造法だと鉄屑や鉄釘のようなものをタンニン酸の液に混ぜるような方法もあるのですが、インク工房が理科の研究室のようで、天秤を使って材料を量り取っているところを見ると、硫酸鉄や塩化鉄のような化合物は知られているのかもしれません。
木の皮
マインは最後に「木の皮の」と言いかけているのですが、これはおそらく加える色素のことを言いかけているのだと思います。没食子インクに加える色素としては、ブルーブラックの名前の由来にもなったインディゴのブルーが有名なので、インディゴをイメージしているのでしょう。ただ没食子インクの古い処方を見るとログウッドも使われていたようですので、そちらかもしれません。ログウッドの色素は、HE染色のヘマトキシリンなので、酸性だと赤っぽい色になります。
メジャーなインクではペリカンやプラチナのブルーブラックが没食子インクに近い成分です。エルバンの公証人インクはログウッドを使用したインクで没食子インクとは少し異なります。